井上靖のことば

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「ふるさと」

2013.5.2更新
“ふるさと”という言葉は好きだ。古里、故里、故郷、どれもいい。外国でも“ふるさと”という言葉は例外なく美しいと聞いている。そう言えば、ドイツ語のハイマートなどは、何となくドイツ的なものをいっぱい着けている言葉のような気がする。漢字の辞典の援けを借りると、故園、故丘、故山、故里、郷邑、郷関、郷園、郷井、郷陌、郷閭、郷里、たくさん出てくる。故園は軽やかで、颯々と風が渡り、郷関は重く、憂愁の薄暮が垂れこめているが、どちらもいい。しかし、私の最も好きなのは、論語にある“父母国”という呼び方で、わが日本に於ても、これに勝るものはなさそうだ。“ふるさと”はまことに、“ちちははの国”なのである。

ああ、ふるさとの山河よ、ちちははの国の雲よ、風よ、陽よ。

『詩集・遠征路』、1976(昭和51)年10月
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