井上靖のことば

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「六月」

2013.6.7更新
海の青が薄くなると、それだけ、空の青が濃くなってゆく。

街に青のスーツが目立ってくる。それに従って、山野の青が消えてゆくのだ。

六月――、移動する青の一族。その隊列を横切るために、私は旅に出なければならぬ。

1954(昭和29)年6月井上47歳。『オール讀物』6月号、『詩集・北国』1933(昭和33)年3月、「井上靖全集第一巻」新潮社

「若葉して - 鑑真和上座像・讃 - 」

2013.6.7更新
鑑真和上は、日本を目指す苦難にみちた放浪五年の旅の途上、失明されている。日本の土を踏まれてから、朝に夕に、和上の盲いた二つの御眼には、何が映っていたであろうか。旅の途上、相継いで他界した和上の高弟・祥彦の姿も、日本僧栄叡の姿もあったであろうし、和上がその半生を埋められた古都・揚州の風光も、絶えず、その瞼を訪れていたに違いない。
併し、私は思う。鑑真和上の場合、その盲いた瞼に繁く載せておられたものは、やはり、まだ見ぬ日本ではなかったか。法のために、命をかけて、漸くにして、果し得た日本との大文化交流である。大小の行事こそ、華やかに行われておれ、その度にまだ見ぬ日本の山野が、日本の都が、日本の民が、どうして瞼に載らないでいようか。
――“若葉しておん眼の雫ぬぐはばや”
晩年の和上のお姿を写したと伝えられる鑑真和上坐像(国宝)の、どこか悲しそうなお眼のあたりを、日本の若葉でぬぐって差上げたいというのが、この有名な句の作者、芭蕉の心であったのである。
私も亦、この句の心を借りて、毎年五月には、奈良に唐招提寺を訪ね、鑑真和上像の前に立たせて頂くことを念願としている。

1990(平成2)年7月井上83歳。「井上靖全集第一巻」新潮社
瓊花(けいか)の木漏れ日に映える井上自筆の詩「若葉して - 鑑真和上座像・讃 - 」(県立森林公園・佐賀市2013/5/14撮影)。井上はこの顕彰碑の除幕式典に出席できませんでした。

「海」

2013.6.7更新
ある壮大なるものが傾いていた、と海を歌った詩人があった。その言い方を借りれば、波内際はある壮大なるもの裳(もすそ)だ。

海は一枚の大きな紺の布だと歌った詩人もある。さしずめ波打際は、それを縁どる白いレースということになる。

併(しか)し、私が一番好きなのは、雪が降ると海は大きなインキ壺になる、と歌った詩人だ。分厚く白い琺瑯質(ほうろうしつ)の容器の中に青い海があるだけだ。もうどこにも波内際はない。

1965(昭和40)年6月井上58歳。『文藝春秋』6月号、『詩集・運河』「井上靖全集第一巻」新潮社
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