井上靖のことば

バックナンバー

「故里の富士」

2013.7.2更新
─── 学校へ行ク時モ、キンチャク淵ニ水浴ビニ行ク時モ、イツモ富士ニ見ラレテイマス。
最近郷里から送られてきた反古の束の中から、小学四年生の私の作文が出てきた。十一歳の私は、富士を見ているとは書かないで、富士に見られていると書いているのである。

これを読んだ瞬間、これまでに富士を見ていたいかなる場合の私も消え、富士に見られている私が、それに入れ替った。わが人生に於て、曾てこのように鮮やかに、何ものかが、何ものかと置き替えられた例を知らない。
富士の視野の中に置くと、私という人間も、私という人間の背負う人生も、小さく、小さくなったが、その反面、生気を帯びたものになった。伊豆で過した幼い日々、学生時代の夏の帰省、応召の日、また帰還の日、それから父、母、それぞれの葬儀の日までが、富士に見られているという、ただそれだけのことで、幽かに濡れ光ったものになった。

近く郷里を訪ねようと思う。富士を見るためでなく、富士に見られるためである。七十五歳の春を富士の視野の中に曝して、虔しく新しい仕事のことを考えたいのである。

詩集『乾河道』、昭和59年3月25日、集英社
一九八三(昭和58)年一月四日付毎日新聞夕刊に発表 井上靖76歳


 ※井上には富士をうたった短歌、俳句が見当らない。
   しかし 富士にかかわる詩文はある。
   いまでも霊峰、秀峰富士に見られているのである。
戻る