井上靖のことば

バックナンバー

「シリア沙漠の少年」

2013.10.1更新
シリア沙漠のなかで、羚羊(かもしか)の群れといっしょに生活していた裸体の少年が発見されたと新聞は報じ、 その写真を掲げていた。蓬髪(ほうはつ)の横顔はなぜか冷たく、時速五〇マイルを走るという美しい双脚をもつ姿態はふしぎに悲し かった。知るべきでないものを知り、見るべきでないものを見たような、その時の私の戸惑いはいったいどこからきたものであろうか。
その後飢えかかった老人を見たり、あるいは心傲(おご)れる高名な芸術家に会ったりしている時など、私はふとどこか遠くに、その 少年の眼を感じることがある。シリア沙漠の一点を起点とし、羚羊の生態をトレイスし、ゆるやかに泉をまわり、まっすぐに星にまで 伸びたその少年の持つ運命の無双の美しさは、言いかえれば、その運命の描いた純粋絵画的曲線の清冽さは、そんな時いつも、なべて 世の人間を一様に不幸に見せるふしぎな悲しみをひたすら放射しているのであった。


1947(昭和22)年5月、コスモス書店『コスモス』第5号(第2巻第1号)に発表、井上靖40歳
詩集『シリア沙漠の少年』、1985(昭和60)年、8月25日教育出版センター発行収録
本年2013(平成25)年、8月25日銀の鈴社で28年ぶりに復刊

「 友 」

2013.10.1更新
どうしてこんな解(わか)りきったことが
いままで思いつかなかったろう。
敗戦の祖国へ
君にはほかにどんな帰り方もなかったのだ。
── 海峡の底を歩いて帰る以外。


1946(昭和21)年5月、京都大学新聞社『學園新聞』第5号に発表、井上靖39歳
『詩集・北国』1958(昭和33)年3月 東京創元社、『井上靖全集 第一巻』新潮社収録

湯ヶ島の熊野山慰霊碑文

2013.10.1更新
魂魄飛びて
ここ美しき
故里へ帰る


ふるさと湯ヶ島の熊野山慰霊碑、1964(昭和39)年3月、井上靖57歳、除幕式典出席

鎮魂 硫黄島「鎮魂の丘」の碑文

2013.10.1更新
悲しい海、悲しい空、今日も真青く澄んでいます。あなた方の悲しい死によって、あなた方の悲しい死をとおして、私たちは今、漸くにして一つの考えを持つことができるようになりました。
──もう自分ひとりの幸福を求める時代は終った。ほかの人が幸福でなくて、どうして自分が幸福になれるだろう。
──もう自分の国だけの平和を求める時代は終った。ほかの国が平和でなくて、どうして自分の国が平和であり得よう。
あなた方の悲しい死に対して、私たちは今、こうした私たちの考えを捧げたいと思います。そして今はただ祈るばかりです。御霊、とこしなえに安かれと。


硫黄島「鎮魂の丘」の碑、1983(昭和58)年9月、井上靖76歳、除幕式典出席
戻る