井上靖のことば

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「冬の来る日」

2013.11.5更新
明日か、明後日か、
やがて巡り来ようとしてゐる
冬の最初の音づれの日よ、
冬の来る日よ。

桐の落葉一枚、背戸の井桁の上におかれ、
懐手して縁に立つ私は、
ひしゝと迫る晩秋の寂しさを、
落葉をふんでゆく母の老の姿に感ずる。

十月の砂丘の静けさは私の心から遠く去つた。
十月の紺碧の空に何の心残りがあらう。
私は取り出した冬の鳥打帽の黒い色を、
しみじみと懐しみながら、
やがて来ようとしてゐる冬を待つてゐる。

冬の来る日よ、
その日私は、去年のやうに、
白壁の塀の多い裏街を歩んでゐるに違ひない。
道の曲り角の昔風の大きい家には、
あわただしく秋は逝かうとしてゐる。

大きい樫の枯葉は、
わたしの心の様な顔して、
わたしの行手に巡り落ちてゐた。
灯ともし頃、
一日中棄てることのできなかつた寂しさをそのまま持って、
坂道を登つて来た私の耳に、
バサ、バサ、バサ、
次の瞬間、
すばらしい冬の使ひは私の顔をも撲りつけた。
霰だ。霰である。
素朴な荒く、なつかしい冬の音づれよ。
落葉を打ち、白壁の塀を打ち、
北国の天地の総てにぶつかつてくる。
霰の乱舞の中に立つて、
私の手は飛び込んで来た霰を確り握りつぶし、
私の心は 秋の上に、
幾度めかに巡り来た冬を、
しつかりだきしめて立つてゐた。

明日か、明後日か、
やがて巡り来ようとしてゐる、
冬の最初の音づれの日よ。
冬の来る日よ。
その日私は 去年の様に、
北国の町の、
白壁の塀の続いてゐる裏街を歩んでゐることであらう。

一九二九(昭和4)年2月11日発行の『日本海詩人』2月号(第4巻第1号)に発表。井上靖22歳。筆名は井上泰。『日本海詩人』デビュー作、井上靖の最初の詩とされている。

「 野分(二) 」

2013.11.5更新
丈高い草、いっせいに靡き(なび)伏し、石らことごとくそうけ、遠い山腹のあか土の崖は、 昼の月をかざしてふしぎに傾いて見えた。
ああ、いまもまた、私から遠く去り、いちじんの疾風(はやて)とともに、みはるかす野面の涯に駆けぬけて行ったものよ。私はその面影と 跫音(きょうおん)を、むなしく、いつまでも追い求めていた。ついに、再び相会うなき悲しみと、別離の言葉さえ交さなかった悔恨に、 冷たく、背を打たせ、おもてを打たせ。

一九四六(昭和21)年9月25日発行の『火の鳥』第1冊に発表。井上靖39歳
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