井上靖のことば

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「雪」

2013.12.6更新
―雪が降って来た。
―鉛筆の字が濃くなった。

こういう二行の少年の詩を読んだことがある。十何年も昔のこと、「キリン」という 童詩雑誌でみつけた詩だ。雪が降って来ると、私はいつもこの詩のことを思い出す。 ああ、いま、小学校の教室という教室で、子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。 この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。勤勉、真摯、調和、そんなものともどこかで関係を持っている。

一九六五(昭和40)年5月1日『風景』発表。井上靖58歳。詩集『運河』一九六七(昭和42)年6月、筑摩書房 収録。

「野分(一)」

2013.12.6更新
漂白の果てについに行きついた秋の落莫たるこころが、どうして冬のきびしい静けさに移りゆけるであろう。 秋と冬の間の、どうにも出来ぬ谷の底から吹き上げてくる、いわば季節の慟哭とでも名付くべき風があった。
それは日に何回となく、ここ中国山脈の尾根一帯の村々を二つに割り、満目のくま笹をゆるがせ、美作より伯耆へと吹き渡って行った。 風道にひそむ猪の群れ群れが、牙をため地にひれ伏して耐えるのは、石をもそうけ立たせるその風の非常の凄じさではなく、 それが遠のいて行った後の、うつろな十一月の陽の白い輝きであった。

一九四六(昭和21)年9月25日発行の『火の鳥』第1冊に発表。井上靖39歳。 詩集『北国』一九五八(昭和33)年3月 東京創元社 収録。
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