井上靖のことば

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「高原」

2014.6.2更新

深夜二時、空襲警報下の大阪のある新聞社の地下編輯室で、やがて五分後には正確に市の上空を覆いつくすであろうB29の、重厚な機械音の出現を待つ退屈極まる怠惰な時間の一刻、私はつい二、三日前、妻と子供たちを疎開させてきたばかりの、中国山脈の尾根にある小さい山村を思い浮かべていた。そこは山奥というより、天に近いといった感じの部落で、そこでは風が常に北西から吹き、名知らぬ青い花をつけた雑草がやたらに多かった。いかなる時代が来ようと、その高原の一角には、年々歳々、静かな白い夏雲は浮かび、雪深い冬の夜々は音もなくめくられてゆくことであろう。こう思って、ふと、私はむなしい淋しさに突き落された。安堵でもなかった。孤独感でもなかった。それは、あの、雌を山の穴に匿してきた生き物の、暗紫色の瞳の底にただよう、いのちの悲しみとでもいったものに似ていた。


一九四六(昭和21)年11月25日発行の『火の鳥』に発表。
井上靖39歳。詩集『北国』一九五八(昭和33)年3月 東京創元社 収録。


「通夜の客」抜粋

2014.6.5更新

 あの時の気持を、私は今まで、「高原の純粋な、純粋であるだけに空虚でもある特殊な静けさと明るさ」(あなたの日記帳に書かれてあった言葉をお借りします)のせいだと思っていました。ほんとに、海辺の村が海と向かい合って坐っているように、この村は、空と向かい合って坐っているのでした。天に近い、天体の植民地のような村の、悲しみも喜びもみんな発揮してゆくような虚(むな)しさは、お互いに口には出したことはありませんでしたが、私もあなたも身に沁みて味わっている筈(はず)でございます。三年間、私たちはこの自然の特殊な空虚さの中に住んで来たのでした。こうした自然だったからこそ、私はあなたとの、愛情を、曲りなりにも、育てることができたのかも知りません。夏も虚(うつ)ろ、秋も虚ろ、冬も春も。その虚ろな風や光の中で、私は私の愛情をそれなりにひっそりと開かせることができたのです。


一九四九(昭和24)年12月『別冊文藝春秋』12月号に発表。井上42歳。
『春の嵐・通夜の客』一九五九(昭和34)年3月、角川書店 収録。

映画「わが愛」(原作・「通夜の客」)、一九六〇(昭和35)年1月、松竹。
監督:五所平之助、主演:有馬稲子、佐分利信
五所平之助は長く三島に住み、映画「白い牙」と「猟銃」の監督を務めた。

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