井上靖のことば

バックナンバー

「新しい年」

2015.1.14更新

元日の教室で、先生は黒板に〝新しい年〟と書いた。確かに新しい年であった。先生の顔も新しかったし、生徒たちの顔も新しかった。教室の窓から見える青い空も、明るい陽の散っている校庭も、校庭の水溜りに張っている氷も、眼に映るものみな新しかった。校門も、その向うの街道も、街道を歩いている村の大人たちも、みな新しかった。―それ以後、再び新しい年はやって来ない。幼い日の教室の記憶が、年毎に遠く、小さく、ゴッホの初期のパステル画のように鮮烈になってゆくだけだ。


1976(昭和51)年2月1日『文藝春秋』2月特別号に発表。井上靖69歳。
詩集『シリア沙漠の少年』、1985(昭和60)年8月、教育出版センター 収録(詩集『遠征路』より再録)。
同詩集を28年ぶりに2013(平成25)年8月、銀の鈴社が復刊。当館でも販売中。



元・湯ヶ島小学校の教室にて1958(昭和33)年井上靖51歳


戻る