井上靖のことば

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「わさび美し」

2015.2.5更新

私の郷里は伊豆半島中部の山村である。天城山の稜線の雲が美しく見えるところで、わさびを産する村だ。
 私は郷里のことを訊ねられると、大抵このように答えることにしている。わさびの出る村というのは全国で極めて少く、その大部分が静岡県である。だから、そうした意味で、わさびを産する村だと答えるのではない。あの何とも形容できない独特の瑞々しい青さを持った葉の茂みの下を、絶えずきれいな冷たい水が走っているわさび沢のある村を、眼に浮かべて貰いたいからである。それからまたあの独特の香気と味を発する植物を産する村の風景や人情が、そのわさびの味のようにぴりっとしたものを持たぬ筈はないからである。
 私は自分の村がわさびを産することを誇りに思っている。と同様に、自分の県がわさびを産することを誇りに思っている。金や銀を産してくれるより、どんなにわさびを産してくれることの方が有難いだろう。
 わさびのいいところは、説明の要らぬところだ、わさびはわさびである。あの独特の風味について、人間がかれこれ言う必要はない。かれこれ言えば言う程、わさびの生命は言葉の間からこぼれ落ちてしまうに違いない。
 わさび美し。これだけで充分だ。
 わさび美し。わさびを産するわが村美し、わが県美し。


1961(昭和36)年、静岡県山葵組合連合会発行『静岡わさび』に発表。井上靖54歳。
『井上靖全集 第23巻』、1997(平成9)年、新潮社 収録。
昭和33年の狩野川台風により、伊豆のわさび田は甚大な被害を受けた。静岡県山葵組合連合会は、復旧・復興をアピールするため、『静岡わさび』という冊子を作って築地市場へ配り歩いた。『静岡わさび』の巻頭を飾ったのが「わさび美し」である。



与市坂 わさび沢からの富士


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