井上靖のことば

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正確なものだけが美しく見える。

2015.3.6更新

二月堂への登廊の松明
堂童子による二月堂への登廊の松明。
東大寺二月堂の修二会(しゅにえ:旧暦二月におこなわれる法要)は
一千二百有余年のあいだ一度も止むことなく今日まで引き継がれた。


「お水取り・讃」
私は学生時代を京都で過し、そのあとは大阪の新聞社に勤めていたので、奈良のお水取りの名は私には親しいものであった。関西では一般に、奈良のお水取りの行われる三月十二日前後には、必ず寒さがやって来るものと信じられていた。お水取りだから寒いはずだとか、お水取りが近いから寒くなるだろうとか、そのような言い方がされた。
(略)
― この四、五年、正確なものだけが好きになっている。正確なものだけが美しく見える。わが生活の周辺に於ては、わが家の白梅の花を咲かせる正確さが好きである。十二月半ばに固い蕾を見せ、三月の初めに最初の一輪、三月半ばの奈良のお水取りの日に繚乱たる開花。この何年か固く己れを持して、これを違えたことはない。(略)


「お水取り・讃」より抜粋
1978(昭和53)年5月、文化総合出版発行の季刊『泉』第20号に発表。井上靖71歳
『井上靖全集』第25巻、1997(平成9)年8月、新潮社 収録。


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