井上靖のことば

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2016.6.5更新


「あすなろ物語」



「君、勉強するってことは、なかなか大変だよ。遊びたい気持に勝たなければ駄目、克己って言葉知っている?」
「知っています」
「自分に克って机に向かうんだな。入学試験ばかりではない。人間一生そうでなければいけない」
 鮎太は、この時、何か知らないが生まれて初めてのものが、自分の心に流れ込んで来たのを感じた。今まで夢にも考えたことのなかった明るいような、そのまた反対に暗いような、重いどろどろした流れのようなものが、心の全面に隙間なく非常に確実な速度と拡がり方で流れ込んで来るのを感じた。不思議な陶酔だった。






『あすなろ物語』
1953(昭和28)年1月~6月まで『オール讀物』へ連載。井上46歳。
1954(昭和29)年4月、新潮社より発行。


「明日は檜(ひのき)になろうと願いながらも、ついに檜になれない」という、あすなろの説話を背景に、少年・鮎太の心の成長を六つの章で描いた作品。



当館の庭には、井上靖生誕百年を記念し、翌檜(あすなろ)を植樹しました。
また、館内中央にはあすなろの柱を配し、子どもから大人まで「あすなろ」に親しめる空間になっています。


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