井上靖のことば

バックナンバー

2016.7.2更新


「わが母の記」



「雪が降っていますね。一面の雪」
と、母はまた言った。
「雪が降っているような気はするの?」
「でも、降っていますもの」



父の歿後、母の老耄(ろうもう)が目立って来、当然なことながら母は周囲から〝惚けた〟という言葉を浴びせられることが多くなり、息子の私としては、そういう見方がされるのが嫌でもあり、辛くもありました。 『わが母の記』の内容は、そうした私が捉えた母の老いの姿であります。〝簡単に母を耄碌しているなどと言わないで貰いたい。母は母で必死にこういう世界に生きているのです〟
『井上靖自伝的小説集』あとがきより



伊豆・湯ヶ島の旧宅で父母と 1952(昭和27)年頃


『わが母の記』
1964(昭和39)年6月「花の下」、1969年8月「月の光」、1974年5月「雪の面」を『群像』へ発表。
井上57歳から67歳。


父の死後、記憶を失っていく母の姿を10年に渡って描いた三部作。やがて訪れる老いや死に対する想いを重ねた。
1975(昭和50)年3月、講談社より刊行。
2012年、松竹にて映画化。




戻る