井上靖のことば

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2016.8.1更新


「幼き日のこと」



―おいしいものを食べてる。ライスカレーも食べてる。
 私は言った。何かと言うと、私はすぐライスカレーを持ち出したらしい。後年、本家の祖母はよくこのことを話題に載せた。
 ライスカレーも、とろろでツルツルと同じように、ご飯をまる呑みにする食べ方であったに違いないが、私は村のどこの家でも作らない料理を、おかの婆さん一人が作れることが自慢でもあり、そのことに充分満足でもあった。実際にまた、私にはこれ以上のご馳走はなかった。おいしかった。おかの婆さん自身がどこで初めてライスカレーを食べたか知らないが、曽祖父潔との愛の生活のかたみであったことだけは間違いない。





『幼き日のこと』
1973(昭和48)年6月、毎日新聞社より刊行。井上66歳。
旭川、伊豆、沼津、金沢など、子どもの頃の思い出や影響を受けた人たちについて書かれたエッセイ集。
現在、新潮文庫『幼き日のこと 青春放浪』にて読むことができる。





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